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松江地方裁判所 昭和29年(わ)90号 判決

被告人 月坂延 外一名

主文

被告人両名を各懲役一年六月に処する。

押収に係る偽造普通預金払戻請求書四通(証第一号中一六丁、証第五号中四四丁、証第一二号中二三丁、二八丁)、偽造約束手形一通(証第一七号)、偽造手形取引約定書一通(証第一八号)及び偽造代理人届一通(証第一九号)は、いずれもこれを没収する。

訴訟費用中、証人寺沢俊雄(昭和三二年二月四日第二二回、同月一九日第二三回各公判)、渋谷広子(同月一九日第二三回公判)に支給した分は被告人月坂延の、証人寺沢俊雄(同月五日第二〇回公判)に支給した分は被告人森脇市太郎の各負担とし、爾余の部分は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

被告人月坂延は、昭和二六年八月一日から同二八年一二月末日頃までの間、八束郡片江村大字片江七九二番地の一所在株式会社山陰合同銀行片江支店(以下片江支店と略称する。本店所在地、松江市白潟本町一八番地)において、支店長として勤務し、同銀行のため、現金及び有価証券の出納及び保管、金銭の貸付及びこれが取立等片江支店における一切の業務を総括主宰していたものであり、又、被告人森脇市太郎は、かねてから漁業を営み、その関係で同銀行より屡々多額の融資或は手形の割引を受けていたものである。而して、被告人両名は、夙に、昵懇の間柄に在つたのであるが、昭和二七年頃から、森脇市太郎の漁業が急激に不振の一途を辿るようになり、同人が従前同銀行より融資を受けていた貸付金の返済、片江支店より割引を受けていた手形の始末等に要する資金の調達について極度に窮し、これが挽回に狂奔するに至るや、月坂延としては、森脇市太郎をその儘放置するとき、結局、同人は経済的に破綻に瀕して再起不能に陥り、惹いては、同人に対する同銀行の多額の貸付金も、これが回収をなし得ざるに立ち至るものと考え、片江支店長たる自己の地位を利用し、森脇市太郎の信用を失墜せしめないよう、能う限りの援助、協力を惜しまなかつたものであるところ、

第一、被告人月坂延は、被告人森脇市太郎を利せんことを図り合同銀行のため、片江支店長としての前示業務を正当に執行すべき任務に背き、

(一)同二八年二月三日頃、片江支店において、合同銀行の森脇市太郎に対する貸付金三口合計金二、六〇〇万円の利息債権金五六万二、七五〇円につき、これが支払の遅延していたところから、その支払に充てたかの如く仮装せんがため、行使の目的をもつて、勝手に情を知らない三原弘子をして同支店備付の普通預金払戻請求書用紙の請求者欄に、同支店と取引関係のある片江海洋漁船団(当時組合組織)の片江事務所責任者たる松本仙四郎の氏名を、又請求金額欄に金五六万二、七五〇円也と記入させ、同人名下にかねて保管中の「松本之印」と刻んだ同人の印章を冒用押捺させ、もつて同人作成名義の普通預金払戻請求書一通(証第一号中一六丁)を偽造し、恰も、これが真正なもののように装い、同日付収入支払諸伝票綴(証第一号)に同日頃編綴し同支店に備付けてこれを行使し、更に、前叙森脇市太郎に対する三口の貸付金の利息債権金五六万二、七五〇円は未だこれが支払を受けていないのに、前叙払戻金をもつてその支払に振替えたかの如く該利息金入金の旨を記帳した上、債務の履行確保のための右三口の貸付金の利息債権に関する約束手形三通にいずれも支払済の旨を記入し、もつて同銀行の森脇市太郎に対する右利息債権を消滅させて同銀行に同額の財産上の損害を加え、

(二)同月四日頃前同所において、曩に同年一月一九日森脇市太郎に対し貸付けた金三〇〇万円は、事実上未だこれが回収していないのにその入金があつたかの如くその旨を記帳した上、債務の履行確保のための約束手形に支払済の旨を記入し、もつて同銀行の森脇市太郎に対する右手形債権を消滅させて同銀行に同額の財産上の損害を加え、

(三)同二八年二月一一日頃同所において、片江支店所持に係る森脇市太郎の同二七年九月一〇日振出、額面金二〇万円、支払場所鳥取銀行境支店、満期日同年一一月八日、宛名人佐々木製網所佐々木重雄なる約束手形一通(証第六号中商手第二一番)、同年九月二一日振出、額面金三〇万円、支払場所片江支店、満期日同年一一月二〇日、宛名人森脇鉄工所森脇粂市なる約束手形一通(同号中同第一五番)及び同年一〇月二三日振出、額面金三〇万円、支払場所片江支店、満期日同年一二月二二日、宛名人森脇鉄工所なる約束手形一通(同号中同第二〇番)につき、右額面金額合計金八〇万円の内金七〇万円については、これが支払の遅延していたところから、その支払に充てたかの如く仮装せんがため、行使の目的をもつて、勝手に、情を知らない同支店係員渋谷広子をして同支店備付の普通預金払戻請求書用紙の請求者欄に、同支店と取引関係のある七類巾着網漁業株式会社の代表取締役たる作野忠平の氏名を、又、請求金額欄に金弐百参拾万円也と記入させ同人名下にかねて保管中の「七類巾着網漁業株式会社社長之印」と刻んである同会社社長の印章を冒用押捺させ、もつて同人作成名義の普通預金払戻請求書一通(証第五号中四四丁)を偽造し、恰もこれが真正なもののように装い、同日付収入支払諸伝票綴(証第五号)に編綴し同支店に備付けてこれを行使し、更に、前叙森脇市太郎振出の約束手形三通の額面合計金額内金七〇万円は、未だこれが支払を受けていないのに、前叙払戻金をもつてその支払に振替えたかの如く該手形金入金の旨を記帳した上、右各約束手形にそれぞれ支払済の旨を記入し、もつて同銀行の森脇市太郎に対する右各手形債権を消滅させて同銀行に同額の財産上の損害を加え、

(四)同二八年二月一四日頃同前所において、株式会社第一銀行堂島支店より取立依頼に係る森脇市太郎の同二七年一二月二日振出額面金四万八、八〇〇円、支払場所片江支店、満期日同二八年一月三一日、宛名人松江ロープ株式会社なる約束手形一通(証第八号)の手形金は未だこれが支払を受けていないのに、右約束手形に支払済の旨を記入すると共に、合同銀行本店に対し該手形金入金の旨を通知し、同本店係員をして、右堂島支店宛その旨通知させ、もつて合同銀行をして右堂島支店に対し該金額の支払義務を負担させて合同銀行に同額の財産上の損害を加え、

(五)同二八年三月七日頃前同所において、前叙船団の片江支店よりの借入金五〇〇万円につき、前叙松本仙四郎より内入金として入金のため、額面金三〇〇万円、振出人株式会社山口銀行今浦支店次長久野勝文の片江支店宛小切手一通を受取るや、合同銀行のため前示業務上保管中、これにつき、同月九日頃同所において、勝手に前叙森脇市太郎のため、同人の預金口座に入金の手続をなし、もつて該小切手一通を横領し、

(六)同月三一日頃前同所において、行使の目的をもつて勝手に、同支店備付の普通預金払戻請求書用紙の請求者欄に、前叙船団の片江事務所責任者たる松本仙四郎の氏名を、又、請求金額欄に金二百万円也と記入し、同人名下にかねて保管中の「松本之印」と刻んだ同人の印章を冒用押捺し、もつて同人作成名義の普通預金払戻請求書一通(証第一二号中二八丁)を偽造し、更に、同日同所において、右同様請求金額欄に金壱百万円也と記入せる同人作成名義の普通預金払戻請求書一通(証第一二号中二三丁)を偽造し、同日、恰も、これがいずれも真正なもののように装い、同日付収入支払諸伝票綴(証第一二号)に一括編綴し同支店に備付けてこれを行使し、

(七)同年五月一九日頃前同所において、株式会社住友銀行江戸堀支店より取立依頼に係る森脇市太郎の同二七年一二月一〇日振出、額面金五万円、支払場所片江支店、満期日同二八年二月一五日、宛名人松江ロープ株式会社なる約束手形一通の手形金は、未だこれが支払を受けていないのに、右約束手形に支払済の旨を記入すると共に、合同銀行本店に対し該手形金入金の旨を通知し、同本店係員をして右江戸堀支店宛その旨通知させ、もつて合同銀行をして右江戸堀支店に対し該金額の支払義務を負担させて合同銀行に同額の財産上の損害を加え、

第二、かねてから、被告人月坂延は、森脇市太郎の信用を失墜せしめないよう、主として、同人振出の約束手形が不渡となることを防止せんがための方法として、前記第一の(一)乃至(七)記載の如く、前叙片江海洋漁船団等片江支店と取引関係のある預金者名義多数の普通預金払戻請求書を偽造した上、森脇市太郎振出の約束手形につき、恰も、他の預金者の払戻金をもつて手形金の支払がなされたかの如く仮装すべく、右約束手形に虚偽の記入をなし、且、これに符合せしめるべく、片江支店備付の諸帳簿、諸伝票綴等の体裁上、不正振替操作を繰返していたが、その金額も次第に増大するに及び、軈て、右不正振替操作の発覚する虞もあることとて、被告人両名は、その善後策について焦慮していた折柄、偶同二八年八月下旬頃、右片江海洋漁船団の片江事務所責任者たる松本仙四郎において、片江支店に対し、同船団のため、船舶修理資金として、約束手形の振出により、金一〇〇万円の融資方申込をなすや、被告人両名は、同船団より右申込があつたのを奇貨とし、月坂延の片江支店長たる地位を利用し、同船団及びその幹部の名義を勝手に冒用して、恰も、同船団より合同銀行に対し、金一、〇〇〇万円をもつて、限度額とする融資方申込の手続がなされたかの如く虚構の事実を作り上げた上、よつて、同船団名義をもつて合同銀行より金一、〇〇〇万円の融資を受け得る枠を設け、且、これをもつて、前記不正振替操作に基き減少したことになつている同船団名義の口座の預金額を回復せしめ置くべく、諸帳簿、諸伝票綴等の体裁上、重ねて不正振替操作を行い、もつて従前の不正振替操作を糊塗すると共に、森脇市太郎振出の約束手形の始末につき、再び前叙の如き必要の生じた場合、更に、これをもつて、従前同様の不正振替操作に利用せんことを企て、その頃、松江市寺町なる森脇市太郎の当時の居宅において、相談を重ね、ここにおいて、被告人両名間に、同船団の片江事務所責任者たる松本仙四郎名義の約束手形、同船団及び船団幹部連名の手形取引約定書、船団幹部名義の代理人届の如き関係書類の偽造、これに要する印章の偽造、その他右計画実現のための具体的事項について謀議を遂げ、森脇市太郎においては、印章の偽造を分担することとし、よつて、右共謀に基き、被告人月坂延は、

(一)同二八年九月二九日頃片江支店において、行使の目的をもつて、勝手に片江支店備付の約束手形用紙の金額欄に金壱千万円也、満期日欄に同二八年一一月二七日、支払地及び振出地欄にいずれも八束郡片江村、支払場所欄に片江支店、振出日欄に同二八年九月二九日、振出人欄に片江海洋漁船団松本仙四郎と記入し、同人名下にかねて保管中の「松仙」と刻んである同人の印章を冒用押捺し、もつて同船団の片江事務所責任者たる同人名義合同銀行宛の約束手形一通(証第一七号)を偽造し、同日、恰もこれが真正なもののように装い他の貸付金関係書類等と共に同支店に備付けてこれを行使し、

(二)同年一〇月一日頃前同所において、行使の目的をもつて勝手に同支店備付の手形取引約定書用紙の借用元本限度額欄に金壱千万円、作成日付欄に同二八年九月二九日、本人欄に片江海洋漁船団々長寺本善太郎、保証人欄に寺本善太郎、同約定書貼付紙片に保証人として松本仙四郎、林兼市、野田万太郎、林注連松、宮崎延夫とそれぞれ記入し、松本仙四郎名下にかねて保管中の「松仙」と刻んである同人の印章を冒用押捺し、次で、同年一〇月中旬頃野田万太郎名下にあり合せの「野万」と刻んである印章を同人のものとして冒用押捺し、更に、翌一一月中旬頃、かねて被告人森脇市太郎において偽造した上、月坂延の許に送り届けていた各種偽造印章のうち「片江海洋漁船団之印」と刻んである印章を船団名上に、「片江海洋漁船団々長之印」と刻んである印章を本人欄の寺本善太郎名下に、「善」と刻んである印章を保証人欄の寺本善太郎名下に、右同様「林兼」と刻んである印章を林兼市名下に、「注連」と刻んである印章を林注連松名下に、「宮崎延夫」と刻んである印章を同人名下にそれぞれ押捺し、もつて右船団及び保証人寺本善太郎外五名作成名義合同銀行宛の借用元本限度額金一、〇〇〇万円の手形取引約定書一通(証第一八号)を偽造し、更に、その頃前同所において、行使の目的をもつて勝手に同支店備付の罫紙に、同二八年九月二九日付で、前叙手形取引約定書に基く合同銀行と船団の取引は、団長寺本善太郎又はその代理人松本仙四郎名義で取引すること、而して、代理人のなした一切の取引につき、団長においてその責に任ずる旨及び同代理人の署名印鑑を届出でる旨記載した外、作成名義人として片江海洋漁船団々長寺本善太郎と記載し、その代理人氏名印鑑欄にかねて保管中の「片江海洋漁船団松本仙四郎」と刻んであるゴム製印章を、更に、その名下に同人の前叙「松仙」と刻んである印章をそれぞれ冒用押捺し、翌一一月中旬頃右船団名上に前叙偽造に係る「片江海洋漁船団之印」と刻んである印章を、右寺本善太郎名下に前叙偽造に係る「片江海洋漁船団々長之印」と刻んである印章をそれぞれ押捺し、もつて右船団々長たる寺本善太郎作成名義合同銀行宛の代理人届一通(証第一九号)を偽造し、その頃片江支店において、右偽造に係る手形取引約定書及び代理人届各一通を、恰もこれが真正なもののように装い、他の貸付金関係書類等と共に同支店に備付けてこれを行使したものである。

(中略)

法律に照らすと、被告人月坂延の判示所為中第一の(一)、(三)、(六)、第二の(二)のうち各私文書偽造の点は刑法第一五九条第一項に、同行使の点は同法第一六一条第一項に(第二の(二)の各点については更に同法第六〇条を適用する)、第一の(二)、(四)、(七)の各点及び(一)、(三)のうち各山陰合同銀行に財産上の損害を加えた点は商法第四八六条第一項に、第一の(五)の点は刑法第二五三条に、第二の(一)のうち有価証券偽造の点は同法第一六二条第一項、第六〇条に、同行使の点は同法第一六三条第一項、第六〇条に各該当するところ、そのうち商法違反の罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、第一の(一)及び(三)の各私文書偽造、同行使の点、同(六)及び第二の(二)の各私文書偽造、同行使の点、第二の(一)の有価証券偽造、同行使の点は、それぞれ犯罪の手段、結果の関係に在るので、そのうち第一の(一)及び(三)並びに第二の(一)に対しては同法第五四条第一項後段第一〇条を適用して犯情重いと認める各行使罪の刑によることとし、第一の(六)及び第二の(二)の各偽造私文書一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れる場合でもあるから、同法第五四条第一項前後段第一〇条を同時に適用し、第一の(六)については、犯情最も重いと認める金額二〇〇万円の偽造普通預金払戻請求書行使罪、第二の(二)については、右同様偽造手形取引約定書行使の罪の各刑により処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により、最も重い判示第二の(一)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において同被告人を懲役一年六月に処する。次に、被告人森脇市太郎の判示所為中第二の(一)のうち有価証券偽造の点は同法第一六二条第一項、第六〇条に、同行使の点は同法第一六三条第一項、第六〇条に、第二の(二)のうち各私文書偽造の点は同法第一五九条第一項、第六〇条に、同行使の点は同法第一六一条第一項、第六〇条に各該当し、第二の(一)の有価証券偽造、同行使の点、(二)の各私文書偽造、同行使の点は、それぞれ犯罪の手段、結果の関係にあるから、そのうち(一)については同法第五四条第一項後段第一〇条を適用して犯情重いと認める行使罪の刑によることとし、(二)の各偽造私文書一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れる場合でもあるから、同法第五四条第一項前後段、第一〇条を同時に適用し、犯情最も重いと認める偽造手形取引約定書行使の罪の刑により処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により重い判示第二の(一)の偽造有価証券行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、押収物件中主文第二項掲記の各偽造私文書及び有価証券は、いずれも本件犯行を組成した物であつて、何人の所有をも許さないものであるから、同法第一九条第一号、第二項により、いずれもこれを没収することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条により、主文第三項記載のとおり、被告人両名に対し、これが負担を命ずる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 組原政男 富田善哉 小河基夫)

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